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私たちの思い

モンキーマジック代表理事 小林幸一郎「視覚障害にある方たちにも」
 NPO法人モンキーマジック 代表理事 小林幸一郎

 NPO Monkey Magic Koichiro Kobayashi

キリマンジャロの山頂で、
2005年9月8日早朝、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ山(5,895m)の山頂で、私はアメリカやヨーロッパ、アフリカなど世界の視覚障害を持つ友人4人たちと歓喜の声を上げていた。
 そこに一緒にいたある者は先天性全盲、ある者は病による中途失明、またある者はテロリストの悪行に巻き込まれた結果、突然の失明、そしてまたある者は日々進行する視覚と聴覚の低下という不安と戦いながら。 一見悲愴な印象しかない面々だが、彼らの明るく、魅力的な生き様にたくさんの刺激を受けながら、7日間の過程を経て私も彼らと共にその頂を足下にすることができた。 

 両眼ともに視力1.5、というのは子供のころから私の自慢のひとつだった。 社会に出てからもアウトドア用品販売会社に勤務し、お客様をキャンプやカヌー、マウンテンバイク(自転車)などのアウトドアへスクールやツアーの企画で連れ出す仕事の責任者として、毎週末たくさんの道具を大型車に積み込み、東に西にと奔走する日々を過ごした。 そんなある日、夜間の運転に不安を覚え、「そろそろ視力が落ちてきたのかな、検査でもしてみようかなぁ。」と、眼鏡屋の戸を叩いた。そこで店員さんに「機械で視力が出ないので、専門医に見てもらったほうがいいです。」 次に病院で待っていた言葉は「遺伝を原因とする進行性の網膜の病気です。治療方法はなく、将来的に失明します。」という考えもしなかった宣告。 28歳の時だった。 今すぐに全てが失われるわけではないはずだったが、自分に出来なくなることばかりを考える、不安とマイナス思考の日々が続いた。
 そんな日々から9年ほどの時間が流れた。ずいぶんと視力も低下し、身体障害者手帳の等級も上がり、さまざまな変化が生活にもやって来た。 しかし気づけは上を向き、自分に出来ることはなんだろうか考え、能動的に行動をすることができる自分へと心は変化していた。 そう、自分の周りには障害者にならなければ出会えなかった人や刺激的な出来事がたくさんあると感じていたのだ。 


フリークライミングとの2度の出会い。
フリークライミングというスポーツをご存知だろうか。 これは岩登りの一種で、安全のための命綱は使用しても、前進をする(登る)ためには人間が本来持つ能力のみを用いるものだ。 岩登りというと命知らずの山男が挑む危険極まりない冒険、というイメージをお持ちの方も多いが、フリークライミングでは危険要素を極力排除し、いくら高さが数mと低くともその難度が評価されるという、アウトドアスポーツである。
 私は16歳、高校2年のとき、このスポーツが日本に入ってきてまだ間もないころに出会った。 今でこそ室内に設置されたクライミングジムなるものが各地に設置され、愛好者も飛躍的に増えたが、20年程前の当時はとても市民権を得ているスポーツとはまだまだ言い難いものだった。 しかし何か新しいことがやってみたい、そのような衝動にかられていた私は、本屋で立ち読みをした雑誌の「アメリカから入っていた新しいスポーツ、フリークライミング。」という言葉に魅かれ、ひとりスクールの門を叩いた。 飛び込んだ世界はスポーツとしての魅力はもちろん、新しい大人たちに囲まれ、春は若葉、夏は涼しい高原、秋は紅葉、冬は温かい伊豆へ、と季節に適した美しい岩場を旅するような日々も魅力にあふれ、私はあっと言う間にフリークライミングのとりこになった。 高校生から大学、そして社会人、転職・・・ さまざまな環境変化の中でも、フリークライミングだけは付かず離れず自分の中にあった。  
 自分が視覚障害者へ、という自ら選択することできない環境変化の中でも、フリークライミングだけは変わらずあり続けたのだ。 
 そしてある時、ふと気付いた。「自分がフリークライミングを続けているのであれば、他の視覚障害の人々にもこのスポーツの魅力を伝えることが出来るはずだ。」 
障害者となって社会からのさまざまな支援を受けている中、自分から発信できることがある、と気付いたときのうれしさはひとしおで、改めてフリークライミングに出会ったような気持ちであった。


なぜフリークライミングが視覚障害者に?
フリークライミングはなぜ特に視覚障害者に適したスポーツなのか。 それには5つの理由を挙げることができる。
①、 対戦相手や飛んでくるボールなどもなく、自らの動けるスピードで課題と対峙できる。
②、 ロープ(命綱)で安全確保されているため、周囲の状況を気にせず、思い切り身体を動かす事ができる。
③、 障害者のためにデザイン・加工されたものではなく、晴眼者と同じルールで、一緒に楽しむ事が出来る。
④、 自らの力だけで課題を解決しゴールに至るという過程が、障害者の日常生活力向上にも寄与する。
⑤、 外出そのものの機会となるだけでなく、自然の中で過ごす時間を持つきっかけともなりえる。
身長、柔軟性、バランス、筋力・・・そして見え方。 特にフリークライミングという視点で考えれば、視力を補うに十分すぎる他の条件もある。 私は156cmと一般男性で考えても身長は小柄。登るとき上に伸ばした手は身長が高い人に比べ、単純に不利なことは視力以上に大きくなる。 しかしそれらをどのように補い解決するか。
 人間には本来持っているさまざまな能力がある。 それらを活かして課題を解決することは、視覚障害者の可能性を広げることにもつながるのだ。


もっと多くの人に知ってもらいたい。
日本ではフリークライミングと障害者はなかなか結びつきにくく、大変残念なことにその存在を知る人はまだまだ非常に少ない。 欧米では早くから各地の障害者支援・訓練施設・学校などでフリークライミングプログラムが取り入れられ始め、人工壁を設置している施設も多いと聞く。 
 私は昨年8月25日、障害者(現在は主に視覚)も一緒に参加し楽しむことができるフリークライミングスクール、Monkey MagicをNPO法人として新たにスタートさせた。 ここまで任意団体として活動を続けてきたが、この活動の社会的な意義と価値をより多くの方に伝えていきたいと思ったからだ。 少しでも多くの障害者に参加をしてもらいたい、そのためにはまず理解者を増やし、情報を伝える仕組みを考え、当事者が参加できる機会を増やすことだ。 
 少しずつ一般のメディアにも取り上げられ、フリークライミングを知る人は増え始めたものの、まだまだ理解が進んでいるとは言いがたい障害者のフリークライミング。 私たちは定期的なスクールの開催で常に門戸を開くと同時に、障害者支援・訓練施設・各種学校などへの啓発・普及活動などを進めて行くつもりだ。
2006年1月現在、私たちのスクール実施回数は45回を超え、延べ参加者数も約200名、この冬には神奈川県内のある盲学校との取り組みも始まった。 またこの春からは、室内人工壁を利用した室内体験スクールを始める。
 ここまでお読みいただいた方々にも、ぜひご参加いただきたい。 成長と可能性の実感、新しい仲間との出会い、いつもと違う空気と頬をなでる風、心地よい運動後の疲れ・・・ 忘れていたり、あきらめていた何かが待っているはずだ。

 ~神奈川県ライトセンター刊行誌「かけはし 2006年3月号」 寄稿文より~


「クライミングの魅力」 チーフインストラクター 免出亮子 Ryoko Mende

チーフインストラクター免出亮子
 とにかくやっていて“楽しい“の一言に尽きるのですが21年やってきて最近感じているのは“懐(ふところ)の広いスポーツ“だということです。
 
 クライミングに夢中になるのは、元々身体運動が好きな人だけとは限りません。もちろん身体能力の高い人は現在の飛躍的にグレードアップしたフリークライミングにもすぐに対応できて、喜びを見出していけると思いますが、過去に運動というものに全く興味を持った事がない人で“ハマった“という人を何人も知っています。“身体を使ったチェスのようだ“と形容した人もいます。
 
 男性も女性も、若い人も年配の人も、力のある人もない人も、背の高い人も低い人も、いろんな人がそれぞれの方法で楽しみを見つけていくことができるのです。そしてひとりの人の中でも、その年代や環境・考え方の変化などにより、様々な捉え方・追求の仕方が可能なのです。
 
 私自身も始めたころはただ身体運動としての興味でのめり込んでいったものの、自然の中での対処の仕方を身に付けていく中で、生きていくことの普遍的な何かを学んだような気がしています。逆に登山や他の世界から入って、後に身体への興味を覚えていく人もいるでしょう。
 
 最近では人工壁(※)のジムも普及し始めて、クライミングはより身近なものとしてアプローチできるようになりました。気軽に日常の中に取り入れられるエクササイズとして楽しむ人、あるいはマニアックな“おたく“的世界を展開する人などもいます。そして何よりも、自然の中でのクライミングの醍醐味を味わえば、限りなく夢が広がるロマンチックな世界観を現実のものとすることもできるのです。
 
 生きている喜びや楽しみにつながる普遍的な何か、クライミングにはそんな素敵なサムシングが間違いなくあるのです。

※ 人工壁
当初、自然の中にある岩壁を登るための練習用として、建物の壁やベニヤ板などに、手がかり足がかり用の石などをつけたものが作られていた。現在は壁やホールド(手がかり、足がかり)も進化してプラスチック製のものが主流になってきた。そのため色々な形状が可能になり、立体的で複雑な動作も体現することが出来るようになった。こうした室内の人工壁ジムがここ数年増えてきている。

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